雨ニモマケル
風ニモマケル
雪ニモ夏ノ暑サニモマケル
貧弱な身体を持つため、絶対に外へ出たくない。カベオです。
突然「夏の思い出、残しとくか!」という気分になったので、ここ最近あれこれ考えていることを書き残してみます。海とか花火とかではなく、考え事です。夏要素は気温に任せます。
未来の自分が読んで「この頃はこんなことを考えていたのか」と思えれば、それで十分。完全に自己満足用のタイムカプセルです。
会社のブログでやるなって?
……(。´・ω・)?<ナンノコトヤラ
AI時代を考えてみる

産業革命という、大きく働き方が変わった時代がありますよね。
それまで人が手作業で作っていたものを、機械の力で大量に作れるようになった。そうなれば、ものの作り方だけでなく、人に求められるスキルや役割も変わっていく。それまでのやり方で頑張っていれば、これからも同じようにやっていける、とは限らなくなったわけです。
今のAIの登場も、それに似た変化なのかなと思います。では、かつて機械が人の手作業を代わりに担ったように、AIは何を代わりに担うのでしょうか。
「人が考えること」でしょうか。
……と自分で言いながら、本当にそうかなぁ? という感覚があったりします。というのも、少なくとも私個人の話でいえば、AIを使うようになってから、むしろ考えることや判断することが増えた気がするんですよね。
もちろん、案出しや情報の整理は手伝ってもらいます。たたき台を作ってもらうこともあります。ただ、「そもそも何をしたいのか」「なぜそれをするのか」「どんな制約があるのか」「何を優先して、どのリスクを重く見るのか」といった部分は、引き続き自分でも考えています。
そして、出てきたものを見れば、今度は「これは目的に合っているか」「ここは本当に必要か」「自分の伝え方が足りなかったのか」と、また考えることになる。
何かを形にするまでの時間が短くなった分、それを見て判断し、修正する機会が増えた。だから、以前より考えていると感じるのかもしれません。今、書きながら思いました。
感覚として一番近いのは、5W1Hでいう「How」の部分を、かなり手伝ってもらえるようになった、ということですかね。
「何のために、何をするか」を決めたら、「どう形にするか」を手伝ってもらう。出てきたものを見て、こちらから意図や条件を伝え直す。そのやり取りの中で、最初に自分が考えていた目的まで見直すこともあります。
なので、私にとってのAIは、今のところ「考えなくてよくなる道具」というより、「考えたことを、すぐ形にして確かめられる道具」のほうが近いかもしれません。
ただ、手は借りられるようになったのに、頭の中の会議は増えました。便利になったのは間違いないんですが、脳内の会議室がなかなか空きません。
そう考えると、これからは役職に関係なく、多くの人が少しずつ「管理する側」「判断する側」に寄っていくのかなとも思います。
全員が部下を持つ、という話ではなくて。自分で手を動かすだけでなく、「何を任せるか」「何を確かめるか」「どれを採用するか」を決める比重が増えていく、という意味です。
AIが短時間でたたき台を作れる場面では、「自分の手だけで、どれだけ速く作れるか」以外の部分が、今まで以上に問われるようになるのかもしれません。
で、ここまで考えて、結局どこに落ち着くかというと、『自分で考えること』なんですよね。色んなところで聞く結論に、わざわざ自分で遠回りして到着しました。
ただ、ここでいう「考える」は、全部を一人で考え抜くことではなく、自分が何をしたいのか、何を大切にしたいのかを、曖昧なままにしないことなのかなと思います。
ルトラの理念は『エンジニアのやりたいを実現する』ですが、AIを使うときも、この「やりたい」が一つの出発点になる気がします。何を実現したいのか。その背景には何があるのか。それを、相手に伝わる言葉にできるか。
上手なプロンプトの書き方も大切なんでしょうが、その前に、自分自身が「で、結局何をしたいんだっけ?」を分かっている必要があるんですな。
目的を定めたり、前提を疑ったり、自分の考え方を検証したり。最新の技術の話をしていたはずが、気づけばずいぶん哲学的な話になってきました。
一周回って、そういう考え方を自分の中に持っておくことが大事なのかな、というのが、今のところの私の考えです。
シニアという役割を考えてみる

さて、話は変わるようで、たぶん少しつながっています。今度は、社内での自分の役割についてです。
ルトラにはリーダーという役職があります。いわゆる管理職です。私は一応、組織図的にはそのもう一つ上の、シニアリーダーをやらせていただいています。
わざわざ「組織図的には」と書いているのは、自分が偉くなったという感覚があんまりないからです。どちらかといえば、「与えられた役割と、求められることが変わった」という認識のほうが近いですな。
リーダー、シニアリーダーを経験する中で、最近強く感じていることがあります。それは、役割には「やってほしい業務」だけでなく、「実現してほしいこと」まで含まれているんだな、ということです。
例えば、リーダーになると色々な業務を任されます。一つひとつを見れば、それぞれ別の作業に見えるかもしれません。ただ、その背景や意図を辿っていくと、多くが『エンジニアのやりたいを実現する』につながっているんですよね。
つまり、任された業務を終わらせることだけが目的なのではなく、その業務を通じて、メンバーの「やりたい」にどう近づけるかまで考える。それも含めて、リーダーという役割なのかなと。
一方で、メンバー一人ひとりのことだけではなく、ルトラという組織そのものについても考える必要が出てきます。
会社を継続させ、成長させ、より過ごしやすい場所にしていくにはどうしたらいいか。「やりたい」を実現できる場所を、これからも残していくためには何が必要か。少しずつ、そういう視点も求められるようになるんだと思います。
シニアになると、さらに、リーダーさんを次のシニア候補として育てることも役割に含まれてきます。
これを会社の視点から見れば、次の役割を担える人を育て、組織を続けていくために必要なことです。一方、リーダーさん本人の視点から見れば、いつか「シニアをやってみたい!」と思ったときに、その選択肢を取れるようにしておくことでもあります。
全員にシニアを目指してほしい、というより、「やりたい」と思ったときに、できる状態に近づけておきたい。そういう捉え方ですかね。
組織として必要なことと、その人自身が望むこと。その両方を見ながら考えるのが、シニアには求められているのかなと、ここ最近は強く思います。
そうやって見ていくと、「この業務をお願いします」と渡されていたものの中には、実は「こういう状態を実現してほしい」まで含まれていたんだな、と気づくことがあります。業務の一覧だけを見ていた頃には、あまり見えていなかった部分です。
これまで色々教えていただいたことの背景や意図が、少しずつ一つにつながってきている感覚はあります。
では、そのおかげで自信を持って判断できるようになったかというと、そこはまた別のお話でして。「そもそも自分は、正しい方向に歩めているのかなぁ?」は、リーダーになってからずーっと考えています。
自分が下した判断はよかったのか。相手に伝えた内容は適切だったのか。内容が正しくても、あの伝え方でよかったのか。振り返ると気になることは色々ありますし、「これが正解です」と胸を張れる回答は、未だに持ち合わせていません。
ただ、今の自分がどういうリーダーでありたいかを、ものすごく雑に言うなら。
私に関わった人が、なんかもう、ただただ毎日を平穏無事に過ごしてくれればいいかな、と思っています。
困ったときには助けを求められて、やりたいことができたときには挑戦できる。必要以上に抱え込まず、ちゃんと休める。私が関わることで、そういう日々に少しでも近づくなら、それでいいかなと。
立派なリーダー像として語るには、ずいぶん地味かもしれません。ただ、今の自分が実現したいこととしては、結構しっくりきています。
で、それを実現するためには、引き続き自分があーだこーだと考え、試し、振り返っていく必要があるんだろうなとも思います。
まだまだ分からないことは多いですし、不安もあります。それでも、判断して終わりにせず、なぜそう考えたのか、実際にどうだったのかを言葉にしていきたいです。
自分の中だけで完結させず、ほかの誰かにも使える知識として整理して、共有する。私がうんうん悩んだ分、次の誰かが少し楽に進めるなら、悩んだ甲斐もあるというものですな。
最近思うこと&締め

こうして書いてみると、AIの話もシニアの話も、結局は「何をするか」だけでなく、「何のためにするか」を考えるようになった、という話なのかもしれません。
作業の先にある目的や、役割の中に含まれている期待。以前より、そういうものが目につく様になった気がします。
ただその結果として、自分の頭の中から出てこられないこと自体が、最近はちょっとした悩みになりつつあります。
外には出たくないと言いましたが、頭の中からまで出られなくなる予定はありませんでした。流石の私でもそこまで引きこもるつもりはなかったw
考えることは好きですし、大切だとも思っています。ただ、気になったことを全部拾って、全部に答えを出そうとしていたら、そりゃあ終わらないんですよね。考えているうちに、次に考えたいことまで増えますし。
なので、次の自分の課題は『何を考えないか』『何をやらないか』なのかなと思います。
今すぐ答えを出さなくてもいいことは置いておく。自分が抱えなくてもいいことは、誰かに任せる。考えたところで今はどうにもならないことからは、一度離れてみる。
関わった人に平穏無事に過ごしてほしいと言うなら、そこには自分も入れておきたいですしね。自分だけ対象外なのも、なんかおかしいですし。
未来の自分がこのタイムカプセルを開けたときには、今より少しでも上手に、考えることと休むことを切り替えられていたらいいですな。
というわけで、今回の考え事はひとまずここまで。
まずは「何も考えずに過ごす時間」をどうやって作るか、ちょっと考えてみようと思います。
あ、また考えとるやんか。休みたいぜ。
筋トレ大好きだが未だがりがり君。 TRPG部部長。でも実はTRPGが特別大好きな訳ではない。人を楽しませるのが好きなだけ。